2011年8月31日水曜日

君や知る南の島、月桃の花咲く丘を

新潟のsowing*noteさんに月桃(ゲットウ)の種をいただきました。sowing*noteさんのブログをのぞいたら、「沖縄の友達にもらった」って書いてあったので、「くれくれ」とわがままを言ったのです。そしたら、快く分けてくださいました。うれしい!月桃ちゃんは沖縄→新潟→神奈川と長の旅路。うちでゆっくりして大きくなってもらいましょう。

実の中に、白っぽい膜に包まれたいびつな三角錐のような種が詰まっている。実物の実の色は、もっとベージュっぽい。

暑い土地の植物なので、蒔き時は5、6月だと思うのだが、とにかく蒔いてみることにした。縦に2つ見える白っぽいかけらが種。

さあがんばって生えてこいよ。発芽するまで2ヵ月ほどかかるそうだから、じっくり待つしかない。土をかぶせちゃった写真見せてもしょうがないんだけど。

種だけでは月桃がどんなものだかまったくわからないので、Wikipediaの写真を借用してご紹介。これが月桃の本体。ショウガ科ハナミョウガ属のでかい草です。葉からとったオイルには甘い香りがあり、アロマオイルとして利用され、防虫効果もあるそうです。桃のような香りがするのか?でも、ショウガだが。

月桃の花。月桃と呼ばれる所以がどこかにあるのだろうか。

月桃の実。オレンジのところが枯れて、しわくちゃばあさんになる。実は食べられそうもないな。食えないから月の桃なのか?
(以上の3枚の写真は、「クリエイティブ・コモンズ表示-継承3.0非移植ライセンス」のもとに利用を許諾されています。といいつつ、肝心のライセンスの表示方法がいまいちわからないのだが・・・)

2011年8月26日金曜日

衣を脱いだ姫路の白鷺

犬寺から姫路に戻った翌日、姫路城見学に出かけました。一度お城に上ったことはあるのですが、姫路に行ったからにはやっぱりお城です。ちょうど修理中で、巨大な素屋根がかかっていました。残念ながら美しい姿は見えません。
こんなに巨大だと、素屋根をかけるだけでも大工事でしょう。

 素屋根の基部はコンクリートでしっかり固められています。お城の修理が終われば、当然コンクリートも撤去します。大変です。素屋根の壁面にはお城のイラストが。遠くからだと、まれにお城が透けて見えてると思ってしまう人もいるみたいです。

素屋根の最上階に上がると、天守閣の一番上(五層目)の屋根が目の前に。唐破風(からはふ)がけっこう大きくて驚きました。瓦を取り払った状態で、工事中だからこそ普段は見えないものが見えます。そばまで近寄れるわけではないのですが、工事中を見せるのはよい方法です。

何層にも木を積み重ね、その上に土を乗せ、平瓦を置いてさらに土で丸瓦を留める。葺いた後に瓦目地を漆喰塗りします。瓦がないからこそ屋根の重さが実感できます。うまくカーブを出すものですね。入母屋って、普通はあんな切れ込みないじゃないかな。かなり装飾的な屋根です。

屋根のこういう状態を土居葺き(どいぶき)といいます。屋根に野地板を張り、その上に長さが30センチほどの薄い長方形の木羽板(こばいた)を何層にも張り、竹釘で止めます。瓦の下葺きで、雨漏り防止になります。普通の家は、野地板の上にやはり防水用の紙?を張るよね。張ってから瓦を乗せます。

素屋根の上から2番目の階からは、五層目と千鳥破風(ちどりはふ)を設けた四層目の屋根が見えます。ところが、白鷺城と呼ばれる所以の白さがまったくありません。柱や壁の白い漆喰も塗り替えるため、すべて剥がされているからです。現場が見えるのはここと上の2つの階だけです。すばらしい天守の石積みがみられないのは残念。

素屋根の2番目の階から見た城内。天守閣に上って見るのとは、ちょっと違うようです。
西側から見た素屋根と連立天守。修理が終わるのは平成26年となっています。

昭和の大修理の時に天守に据えられた鯱(しゃちほこ)が、江戸、明治の鯱と並んで紹介されていました。昭和の大修理で活躍した奈良の瓦師の本を読んだことがありますが、いろいろと大変だったようです。

2011年8月24日水曜日

播州犬寺に詣でる

田舎からの帰り途に、播州犬寺に詣でてきました。
場所は姫路の北およそ35km。JR播但線の寺前駅(兵庫県神崎郡神河町)で降り、バスに乗り換えて10分、神姫(しんき)グリーンバス粟賀営業所まで行きます。そこから参道を歩くのですが、実は寺前駅の観光案内所で出会った神河町商工会の副会長さんに、車で山門まで連れて行っていただきました。感謝です。


犬寺の正式な名前は、金楽山法楽寺(兵庫県神崎郡神河町中村1048)。十一面千手観世音菩薩を本尊とする高野山真言宗の寺です。なんだかお宝ざくざくで、楽できそうな名前ですが、石段を250段上らなくてはいけません。

本堂前の案内板に犬寺の縁起が記されていますので、要約して紹介します。
「蘇我入鹿の召集に応じて、神崎から枚夫(ひらふ)という者が都に出征しました。枚夫が不在の間に、その妻と留守居役が不倫関係になったのです。帰ってきた枚夫を留守居役が殺そうとしたのですが、危ないところを2頭の愛犬に救われました。「この2犬を我が子とし、全財産を譲る」とした枚夫ですが、寿命の短い犬のほうが早く亡くなります。枚夫は2頭の死を悼んで伽藍を建立し、千手観音の像を安置して冥福を祈りました」。と、まあこれが寺ができたいきさつというわけですが、少し尾ひれがついています。その後、「三度も大火に襲われるが、伽藍が焼けなかったのは千手観音のおかげであり、そのことが桓武天皇(782ー805年)の耳に入って官寺に勅された」と。

この犬寺縁起は、仏教史書の元亨釈書(げんこうしゃくしょ、1322年)に書かれたままを紹介してあります。蘇我入鹿が枚夫を召集したのは上宮王家(聖徳太子の家系)を滅ぼす(643年)ためですから、飛鳥時代の半ばのこと。飛鳥から平安時代初頭のロマンチックなお話ですが、仏教の宣伝広報のために書かれたのでしょう。伽藍を建てたというだけなら話の前半だけでいいのですが、「官寺に勅された」ところに意味があります。官寺でなければ寺を名乗れませんでしたから。

ちょっと気になるのは、蘇我入鹿が滅ぼされた時に、上宮王家襲撃に対するおとがめがなかったのかということ。あれば官寺になぞなれるわけがないから、なかったということにしておきましょう。上宮王家は謎が多い。

1673年に描かれた「犬寺縁起絵巻」(同じく案内板より)。右端に2頭の犬がいます。両方とも黒ですが、寺には黒と白と伝えられているそうです。

犬寺の本堂。石段の両側に白(向かって右)と黒(左)の犬が座る。

 白です。台座には明治14年安置と書かれています。屋根をつけ、網で囲って大事にされています。

像の横には弓が置いてあります。白はオスです。

 正面から見た顔はこわいな

黒です


黒はメスです

 黒は矢をくわえています

伝説を描いた絵馬も奉納されています。

粟賀営業所近くの店で「犬寺もなか」の看板を見つけました。見つけたからには買うしかありません。黒白が本堂側から見た並びですね。 
普通のつぶあんが入ったもなかで、普通においしい食べられます。包装紙のデザインは、この上の本堂の写真そのまま。
石段とは違うだらだら坂の参道を降りてくると、この橋のたもと近くーといっても向こう側ですがーに出ます。越知川(おちがわ)にかかるこの橋は、もともとは「大橋」といったのですが、犬寺に因んで「観音橋」と呼ばれるようになりました。橋を通る道は「銀の馬車道」として観光売り出し中。明治時代に当地のさらに北にある生野銀山と姫路の播磨港を行き来する重要路として整備されました。石碑は旧但馬街道の道標(左)と橋の碑です。

播但線を走る「銀の馬車道」列車。寺前駅に停車中。この電車に乗って姫路に引き返しました。



2011年8月20日土曜日

海洋堂ホビートレインに乗る

田舎(愛媛県宇和島市)で「海洋堂ホビートレイン」に乗ってきました。そんな列車(電化されてません)があるなんて知らなかったのですが、郡部へ買い物に行く機会があって駅にいったところ、そいつがホームにいたのです。車を使わないと、こういう出会いがあります。

今年の7月9日、四万十に「海洋堂ホビー館」なるものがオープンしたのだそうです。四万十といっても、四万十市と高岡郡四万十町があるのでどっちかなと思ったのですが、高岡郡四万十町打井川の四万十川本流からかなり離れた支流のへんぴなところにありました。

どうしてこんなへんぴな所に作ったんだろ。もっと駅から行きやすいほうがいいのに。実際に行ったわけではないのですが、四国西南部の事情はわかってます。しまんとグリーンライン(予土線)の終点窪川から遠くはないのですが、へんぴ間違いなしです。グーグルマップにもまだ載っていません。

列車は海洋堂のフィギュアで埋め尽くされています。外装はもちろん、内装は天井も壁面も床も、カーテンもシートも恐竜や動物だらけ。フィギュアを陳列したショーケースまで設えてあります。フィギュア好きにはたまりません。毎日運行してますからぜひどうぞ。

予讃線と予土線の始発終着駅・宇和島駅のホームで出発を待つホビートレイン。ここからトロッコ列車も出ています。
左下の男、なんか見たことありますね
いろんな動物がぎっしり


お遍路さんが2人
床には海竜がいる
シートには恐竜の骨格と足跡。実際はもっとくすんでます。
席を潰してもノープロブレム。乗客数はたかがしれてます。
JR四国、売り出してます。
場所がどこかというと、一部分を出してもわからない方が多いと思うので、まずは四国全図です。どっちがどっちだかわかりますか?
宇和島から窪川まで2時間かかります
宇和島から35分で着く「近永駅」で降り、高田商店でお気に入りの柚ポン酢を買いました。ホームは長いのですが、列車は一両です。それにしてもひなびた駅です。
こちらは予讃線のキャラクター列車、「アンパンマン列車」。田舎からの帰りに乗った岡山行きの特急です。

2011年8月12日金曜日

落花生に防鳥ネットを張る

お暑うございます。あまりの暑さにボーッとしている間に、異変が起こってしまいました。畑に落花生の殻が転がっているのです。これはつまり、早いうちに土の中に潜り込んだ子房柄に早くも豆ができ、それをカラスが突つき出して食べちゃったということです。

まだ大丈夫だろうと高をくくってのんびり構えていたのですが、殻を見つけたからには見過ごせません。大急ぎで防鳥ネットを張ることにしました。どうせいつかは張らなくてはいけないので、早めにできてよかったと思うことにしましょう。暑かったあ〜。

どんどん繁る落花生。まだまだ育ちます。1株でかなりの面を占有します。株間が狭かったかも。
支柱を立ててネットを張って。まだ裾がいいかげんです。明日ちゃんとします。落花生の隣の枝豆は、はるか昔に食べちゃいました。
収穫した枝豆(8月2日撮影)。茶豆です。おいしかった。
枝豆を2本だけ残してあります。タネを採るつもりだったのですが・・・
黒くなっているのがあるので開けてみると、青虫がにょろりと出てきました。豆には食べ痕がくっきり。この虫はどのタイミングで入るのだろう?