2011年8月26日金曜日

衣を脱いだ姫路の白鷺

犬寺から姫路に戻った翌日、姫路城見学に出かけました。一度お城に上ったことはあるのですが、姫路に行ったからにはやっぱりお城です。ちょうど修理中で、巨大な素屋根がかかっていました。残念ながら美しい姿は見えません。
こんなに巨大だと、素屋根をかけるだけでも大工事でしょう。

 素屋根の基部はコンクリートでしっかり固められています。お城の修理が終われば、当然コンクリートも撤去します。大変です。素屋根の壁面にはお城のイラストが。遠くからだと、まれにお城が透けて見えてると思ってしまう人もいるみたいです。

素屋根の最上階に上がると、天守閣の一番上(五層目)の屋根が目の前に。唐破風(からはふ)がけっこう大きくて驚きました。瓦を取り払った状態で、工事中だからこそ普段は見えないものが見えます。そばまで近寄れるわけではないのですが、工事中を見せるのはよい方法です。

何層にも木を積み重ね、その上に土を乗せ、平瓦を置いてさらに土で丸瓦を留める。葺いた後に瓦目地を漆喰塗りします。瓦がないからこそ屋根の重さが実感できます。うまくカーブを出すものですね。入母屋って、普通はあんな切れ込みないじゃないかな。かなり装飾的な屋根です。

屋根のこういう状態を土居葺き(どいぶき)といいます。屋根に野地板を張り、その上に長さが30センチほどの薄い長方形の木羽板(こばいた)を何層にも張り、竹釘で止めます。瓦の下葺きで、雨漏り防止になります。普通の家は、野地板の上にやはり防水用の紙?を張るよね。張ってから瓦を乗せます。

素屋根の上から2番目の階からは、五層目と千鳥破風(ちどりはふ)を設けた四層目の屋根が見えます。ところが、白鷺城と呼ばれる所以の白さがまったくありません。柱や壁の白い漆喰も塗り替えるため、すべて剥がされているからです。現場が見えるのはここと上の2つの階だけです。すばらしい天守の石積みがみられないのは残念。

素屋根の2番目の階から見た城内。天守閣に上って見るのとは、ちょっと違うようです。
西側から見た素屋根と連立天守。修理が終わるのは平成26年となっています。

昭和の大修理の時に天守に据えられた鯱(しゃちほこ)が、江戸、明治の鯱と並んで紹介されていました。昭和の大修理で活躍した奈良の瓦師の本を読んだことがありますが、いろいろと大変だったようです。

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